思考は物質だ


物質は思考であり、思考とは物質であるのに、そのことを

人類の脳は条件付けられているので知覚できないのであろう。

実際には

岩も机も道路も家も蟻も自動車も全てが私という意識と意志を有しているのだろう。

この肉体や霊的諸体は人類は同じような段階に見えていても

実際は個々の物質の組成が異なり、従って異なる意識と意志を有することだろう。



何故、私達は思考とは物質であることを知覚できないのか?

なぜなら脳自体が無限の能力を有する精妙なる物質であるにもかかわらず

その脳は条件付けられているために、それを知る事が出来ないからだろう

地球人の脳はわずか数%しか機能していないからである。

また地球人の霊的身体は再形成されておらず、未熟なままであり、従って未熟な知覚と意識

のままなのだ。


脳は空間から生じている。

そして肉体も霊妙なる身体も空間から生じている

私達である自己とは意識であり、意志を有しているが、それは物質の状態のことなのであろう。


私達は空間から生じた物質であり、その段階の物質の意識と意志と知覚と思考なのである。

全てのものは同じように空から生じているように。物質の根源は空なのであり

物質は空であり、空がその本質なのであると言える。

私達は空と同じなのである。

無限に拡がる青空が私達なのである。



思考とは意志を持っており

従って全ての物質は思考であり、そして物質は空から生じている。空そのものである。

空が根源であり、未知なる私であるといえる。


空間に物質が組成されるとき

それは従って同時に自己意識と意志を有する私が生じる。

しかしながら、物質の段階は気体から鉱物の個体まであり

またアメーバから最高の人体まであることだろう

物質の段階はこの物質界から死後の冥界を経て数多くの次元界にまたがって

あることだろう。


しかしながら空間に於いて物質若しくは質料が消滅するとき私・意識・意志は

空間を残して共に消滅することだろう。物質の根源は空であるからだ。




しかしながら

ある段階の物質が消滅しても、異なる次元の物質は消滅せず、空に同化

されない限りは自己意識と意志は心として延々として続いていくことだろう。


しかし覚者が言っている「私」とは、物質である私ではなく、その物質である私を産みだしている

「空間」そのもののことであり、数多くの空間から生じている物質の自己の事ではない。

空間の意識が本当の私なのだろう。



意識と意志を持つ私とは思考であり、その私・自己意識=思考は物質である。

物質の状態が変わるとき思考も変わり、思考である私も変わり意志と知覚と意識も変わる。


その段階や次元の物質は空から生まれていて、空の中にあらゆる意識が生まれ消滅する。


従ってあらゆる物質=私の根源は空であると言える。空が色(物質・質料)なのだろう。




・・・と本日は私とは空に他ならないと言うことを思考してみた。





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